【昔のブログから】俺は明治維新がフリーメーソン工作だと知ったのはいつ頃か?
2025年 02月 20日
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なるほど、KI博士の器量の大きさなら西郷どんもリンカーン似か?。
名無しの 権兵衛
2002/12/19 10:39
西郷さんは確かに器量の大きさではリンカーンかもしれやせんねぇ?。
しかし、西郷さんの不味かったところは、子分をつくってしまったところです。
勝海舟はそこらへんを嘆いておりやしたがねぇ?。西郷さんみたいに人の良い人は、それを利用しようとする輩が出てきてしまうのもしょうがないのかもしれません。
KI博士のようにリンカーンがいなかったから、日本には民主主義が定着しなかってというのは面白いですねぇ?。現代でも、日本は、いまだ民主主義というのが理解できていなくて、米国のモノマネであるわけです。どちらかというと、民主主義は西洋哲学が生み出したものでやすから、東洋哲学には、受容という概念はできるけど、根本は少し表現が異なるような感じもいたしやす。民主主義の根本は、広く平等に公正に、議論して最良の選択をし、国家の大事を、皆で決めようということですが、この議論が、日本人にはできないわけです。日本には古くから、不言実行という美風があるので、議論というものが闘争的になってしまう。悪くいえば口ケンカや、罵り合い、罵倒で、最後は、数の論理かなんかで、適当に決めてしまう。山本七平さんが空気の論理とか、いってたようですが、とにかく、日本人の議論に時間がかかる。結論がなかなかでない。出たときにはすでに問題は複雑化しているなんてことが多いわけですよ。これは日本人は情を大切にしているからなんです。情で折れ合うことを基本にしている。情を言葉にすることは不可能に近い。だから、日本人の論理は、論理じゃなくて情理なんでやんす。だから、なかなか決定に時間がかかるんだよね?。そういう意味では、会議に非常に時間を費やすんだよね?。だから、民主主義はなかなか根付かないんですよね?。大体にして、意見をまとめるとなると、そのバックボーンのいろいろな定義や規則、規律が必要になるわけですよ。数学でも公理、定理が決まらないと、数式の定義づけができやせんよね?。数学は論理的だけど。人間は論理的でないし矛盾だらけだから、何らかの信条が必要だよね?。そういうのは国家としてどういうものを信条にするのか?。国家というルール、模範は何なのか?、そういう歴史教育がお互いにできてバックボーンがないとまとまるものもまとまらないわけだよね?。バラバラになってしまう。だからして、米国では常に国旗を掲げ、国家を歌い、信条を統一するように仕向けているわけだよね?。聖書を片手にして、聖書を経典のもとに、聖書解釈で、ある程度意見統一をはかるんだろうよね?。日本にはそのバックボーンがないんだよね?。憲法にしても米国の植民地政策のを与えられたわけだ。しかし、東洋哲学の受容の精神は受け継がれているから、少々、気に入らないと思ったことでも、時間がたてば納得してしまうところがある。信条ていうものがないからね?。西洋哲学には、この信条、バックボーンが大切なわけで、そこから分析的にできてくるわけだよね?。そういう意味では、日本人には、民主主義を大衆迎合主義と勘違いしている人が多い。そして、国家のバックボーンがないから、指導者が好き勝手なことをやっても、指導者が辞めるといわないと、変えることもできないわけだ。これは議会が機能していないわけで、民主主義じゃないんだよね?。国会じゃ、寝てるか罵りあいをして、官僚の作文を読んでるだけだからね?。つまり、こう言う風に決まる予定だから、納得してくれというような不満のガス抜きような場なわけだよね?。日本人のお得意の文句が悪いようにはしないといって信じさせて、忍耐を強いて、悪いようにするんだよね?。勿論、個人主義もなく、個人主義も我侭主義と捉えている連中が多いんだよね?。これも個人主義の勉強不足なんだよね?。創造活動のための個人主義なんであって、いかに先入観、思い込みを取り除くかの個人主義であって、先入観を助長、思い込みを促進させるものではないんだよね?。そういう意味で、日本人は、自ら教育する場を失っているよね?。嘆かわしいことですよ。立派な歴史上の日本人を挙げてみろといわれて、答えられる日本人はどれほどいますかね?。寂しい国ですよ。日本はねぇ?。2466
やっぱ日本にはリンカーンがいなかったことが混迷の原因か もネー?
KI 2002/12/19 09:55
権兵衛のだんなさん
いやー、だんなは博識ですナー。
坂本竜馬は日本版東インド会社を作りたかったんでしょうナー。
坂本竜馬→岩崎弥太郎→三菱商事~日本版東インド会社
は、その通りかも知れませんナ。
西郷どんの征韓論はデマだったんですか?いやー、だんなは詳しいですナ。昔から、デマ遺伝子、チクリン遺伝子の類いが日本では発現してきたんですナー。
だんなの話を見ていると、大久保利通のだんなは、リンカーンというよりも ハミルトン に近いんですかネー。いや、ビスマルクですかネー?
たぶん、大久保、伊藤や大隈ラインのプロシア礼讃派と、田中不二麿ラインの英米派の凌ぎあいっていう時代だったんでしょうネー。
私個人は人間の器量の大きさという点で、西郷どんとリンカーンは似ていると感じたんだが、やっぱり日本には、エイブラハムリンカーンのような人物が出てきていないことが、現代までの日本史そのものの混迷の歴史を生み出したんでしょうナー。ひょっとしたら、家康が一番リンカーンに近いと言えるのかも知れないがネ。
西郷どんや竜馬は、リンカーンにまでなれる素質があったが、周りがそれを許さなかった。まあ、日本には民主主義はまだまだ早すぎたんでしょうナー。もっとも、アジアには未だに民主主義がないことから考えても、ひょっとしたら遺伝子の問題かも知れませんナー。民主主義遺伝子なんてネー。
歴史を現代的な視点で見直してみるっていうのも、結構面白いもんだろうヨ。
じゃ、またーね。
2465 リンカーン→竜馬は面白いですねぇ?
名無しの権兵衛
KI博士のおっしゃるとおり、リンカーン→竜馬てとこは面白いですねぇ?。しかし、竜馬は明治政府ができる前に殺されちゃいましたし、竜馬自身は、明治政府の役員になろうとは少しも思っていなくて、東インド会社を構想していたふしがあります。海援隊というのも、貿易会社を設立しようという意図で結成したらしいし、亀山社中ていうのは、ミニ東インド会社みたいなもんなんです。結局、うまくいきませんでしたがねぇ?。しかし、その流れは岩崎弥太郎に受け継がれ、三菱財閥につながるわけですよ。だから、日本版東インド会社は三菱商事というとこですかねぇ?。西郷どんは征韓論で有名になってますが、これは明治政府が流したデマであるようです。西郷さんは、征韓論など唱えたこともないのです。西郷さんには、日朝清の東洋連合国家構想はあったみたいですが、その手始めに違憲大使、特使を希望しただけで、兵を動かさず平和外交で治めようとしていたようです。しかし、大久保や岩倉のような西洋植民地主義をとる連中に阻まれ、野に下るようになります。ここらへんのことは英国の銀行屋が深くかんでいるようです。明治政府は英国の支援なしでは立ち行かないところがありやすから。対して、江戸幕府はフランスに援助を求めていやして、実際、小栗上野介は、官軍と全面徹底抗戦のために、フランスまで資金援助を乞いにいったのですが、プロシアにフランスが負けたために、フランスにその余裕がなくなったようで、結局、小栗構想は宙に浮いたもんとなり、あのような大政奉還に至ったわけでありやす。伊藤、大隈は大久保の家来のようにみえやすが、大久保は派閥をもたない唯我独尊のところがあり、国粋主義というより、西洋植民地開国主義者だと思いやす。大久保が日本であまり人気がなく、西洋かぶれの日本人に人気があるのもここらへんが直観的に感じられるからだと思いやす。大久保は、伊藤や大隈を使い、政敵を懐柔していくのが巧みで、江藤なんかはろくな裁判もせず、切腹させクビを切っていやす。そういう冷徹さはリンカーンとは比べものにはならないでしょうね?。大久保はリンカーンというより、ビスマルクですかね?。米国とは関係ないですがね?。リンカーンといえばやはりKI博士のおっしゃるように、竜馬の方が近いかもしれやせん。船中八策なんてのは、人民のための人民による人民の政治をいったようなもんですからね?。2464 坂本竜馬 → リンカーンですかね?
KI
権兵衛のだんなさんいやー、だんなは相変わらずの博識ですナー。「あっし、あまり世界史は知らないんでしてねぇ?、日本史から考える方が好きなんでやんす。KI博士が西郷の役割はリンカーンに似ているとおっしゃりましたが、目のつけどころは素晴らしいが、西郷はどちらかというと、ワシントンなんでやんす。実際、西郷自身も、ワシントンを尊敬していたんでありやす。リンカーンに似ているのは、どちらかというと、大久保の方かもしれやせん。大久保は暗殺されたのもにていやすし、西郷も暗殺されたようなもんですが、多少違って、乱を起こさざるをえなくさせられた点で若干違うんでありやす。。。。」いやー、素晴らしい!だんな言っているのはもっともですナー。おれは、西郷 → リンカーンと最初は見たが、だんなの西郷 → ワシントン大久保 → リンカーン見方も一理ありそうですナー。しかし、西郷どんは征韓論にこだわり、大久保は、家来に伊藤博文や大隈重信がいたこと、国粋主義者だったことから考えて、
大久保 → リンカーン
はあり得そうもないですナ。むしろ、坂本竜馬 → リンカーン
でしょうかネー。
いやー、面白いですナー。明治維新は日本の南北戦争。リンカーンは2期目の大統領就任後暗殺。坂本竜馬も官軍勝利後に暗殺っていうとこですナー。
じゃ、またーね。
というようなわけで、私のブログの記事としてはDoblog時代の2008年夏頃にフリーメーソンのあからさまな話がちょこちょこ現れ始めたが、明治維新が日本版南北戦争だったという話はぞのずっと前のBBS時代まで遡ったというわけである。
そんなわけで、いずれにせよ、我が国は欧米の白人種のフリーメーソンにうまいように国を改変されてしまったのである。
そしてそれは今なお続く。世界が滅亡するまで。
いやはや、世も末ですナ!

































